星たちの座談会 ☆ ★ ☆ ☆ ★ ☆ 地球号の未来 

30000人プロジェクト始動! 本来なら来るはずのなかった地球に生まれた私たち☆アウェイ感をヒシヒシ感じつつ悪あがきならぬ良いあがきでジタバタ奮闘の☆座談会メンバー9人共同ブログ☆

大切な 語り部

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先日 実家の母と二人 紅葉を見にドライブに出かけた

  それはお見事! 秋に癒されながら 

     話しは 朝ドラ「エール」の戦争シーンに

 

 戦死した父親を思い出すように 話しはじめた母

 

「お父さんも あの戦争(インパール作戦)に参加していて・・・

  山に逃げたら良かったのに 筏を作り川を下ったため 銃撃に・・・

   出征する前 もう人は殺したくない と言って出かけた・・・

    42歳で亡くなってしまった・・・」

 

ちょっと泣きそうになり、だだ相槌打ちながら 運転に集中していた

 

そのうちに自分の話しになり

 

「16歳の時 満洲に行き 3年暮らした・・・

   2年後に終戦を迎え、その後の1年は 死を覚悟して生きていた・・・

     物が現地の人々に盗まれた、お風呂 一ヶ月くらい入れず・・・

       ひと月かかって やっとの思いで日本に帰ることができた・・・」

 

母が 戦時中の話しを こんなにも たくさん 話すのは初めてで  

   あらためて戦争の悲惨さを思い知った

 

沢山の時間の流れ 現在の平和な日々の生活 目の前の大自然の豊かさ

   そんな状況の中 90も過ぎて 素直な思いとして口から出たのかな 

      とても 穏やかな口調だった

 

帰って息子に 母の話しを伝えた

 他人事だったインパール作戦で ひい爺さんが亡くなった事

   身近な話しとして 受け止めたよう   

 

私が 子どもの頃 母はとても厳しかった

  「死ぬ氣でやれば 出来ないことはないから・・・」

  「そんなことで 生きていけるかね・・・」

  「人に負けないように ・・・」   それが嫌でよく泣いた

  今でも もったいない精神旺盛で なかなか捨てることが出来ない

 

そうなんだ( ^ω^)・・・

    そんな氣持ち 少し理解できたように思う

        しっかり聞かせて頂き 良かった

 

日本中に沢山  母と同じ経験された方々が生きていらっしゃる 

 

  核兵器禁止条約 日本国も仲間になれたら 良いのに

  「日本国が変われば 世界も変わる」って誰かが言ってた

 

♡ご訪問頂き 本当に ありがとうございます <(_ _)>

 

 

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